燈籠堂の中の上り口の所で待つこと10分くらい。お練り行列が次々と祭壇へと入って行き最後に大導師の先住さんが入って行きました。直ぐ間近で観る事ができて胸が熱くなる思いでした。
そして法要が始まると、一般の人が焼香する場所から一段上がった畳の間へ上がらせていただけることになり、持参した手動車いすに乗り移って上がり、焼香をして先住さんの唱えるお経に聞き入っていました。小さい頃から聞きなれた声だからなのかどうかわからないけど、力強くて深くて包み込まれるような声で、やっぱり一番安心できる声です。
しばらくすると檀家の人たちが別の場所に行くらしいとの連絡が入ったけど、この日、この為に、ここへ来たというのに、途中で離れるのは違う気がしてそのまましばらく眺めていました。でもお線香、お焼香のけむりが思いのほか充満していたのが少し気になってきたので渋々外へ出ることにしたけど、それでも30分以上は一緒にお勤めできたのではないかな。。。
外へ出て、燈籠堂の周りをぐるっとまわって、最後に、前回来た時は階段で諦めた地下へどうしても行きたくて、ヘルパーさんに頼んで担いでもらって、中へ降りて行く事ができました!そこにはた小さいお地蔵様?がずらーっと並んでいて先へ行くと大きな五鈷杵と御数珠があり、その先にお大師様が祀られていました。すごく不思議な空間で、お大師様に一番近い場所へ近づくことができて一生の思い出の一つになりました!
感激しながら御供所のあるところまで戻ってきて、今度は2時間の法要を終えて帰ってくるお練り行列を観るべく御廟橋のところで待機。

しばらくすると行列が戻ってきて間近で最初から最後まで見る事ができました。


先住さんのお顔がえらく厳しい感じで、行く前からこっぽりを履いて歩けるか心配していたので相当辛いのかなと思っていましたが、後日お礼に伺ったとき聞いたところ、なんと連休中に腰の骨を骨折なさっていたそうな。それでもしっかりお勤めを果たすなんてやっぱりすごい方だと改めて感動でした。
大仕事も終わってしばらく休憩タイム。

休憩所でお茶のお接待が受けられるということで、頂いていると、法会に参加した住職たちが記念写真を写すところに遭遇したのでよこから撮影。

最後に先住さんと一緒に記念撮影ができました!

先にほかの場所へ移動した檀家の皆さんは残念だと思いますが、最後まで見届けたご褒美です!!
ということで、50年に一度という記念の法会に立ち会えたことに心から感謝して奥之院を後にしました。
そして普賢院が今回の宿坊。

この日は満員満室と言う事で、夕食もお客さんでぎっしりでした。法会に参加した檀家の方や関係者さんも多かったのだと思います。
が・・・。
じつは、宿坊についてからSpO2が92~93まで下がり呼吸がしんどくなり酸素吸入をしながら過ごすことになり、ご飯もほとんど食べられず。いままで旅行先で酸素が必要になることはなかったので内心すごく焦りました(汗)
それなのに、食後に夜の高野山も体験したくてみんなと一緒にお土産物などを見にお出かけ(汗)
高野山は朝は早いけど、夜も早くて結構な数のお店が早々と店じまい。開いたお店を探しつつ夜景などを楽しみました。(調子が悪いのに何をやっているんだか(大汗))
六時の鐘(夜)
金剛峰寺の正面入り口(夜)
以下、普賢院の入り口から庭先(夜)



普賢院四脚門(重要文化財)

寛永年間(1624-1643)に東照宮の門として建てられたものがのちに移築された。江戸期の特徴を残す県内でも数少ない唐門である。
だそうです。
9時前に部屋に戻って、呼吸器などの準備をして何やかやで11時、しんどいままに就寝。
しんどさが全回復しないまま眠れない夜を過ごし、不安を隠しつつ2日目を迎えるのであった。
つづく。